日蓮幼少の時より仏法を学び候(そうらい)しが念願すらく、
人の寿命は無常なり。出づる気(いき)は入る気(いき)を待つ事なし。
風の前の露、なお譬(たとえ)にあらず。
かしこきも、はかなきも、老いたるも、若きも定め無き習いなり。
されば先ず臨終(りんじゅう)の事を習うて後に他事(たじ)を習うべし。
(1 57歳 2 弘安元年 3 身延 4 1535頁)
考えてみるのに、日蓮は幼少の時から仏法を学習してきたが、よくよく思うのに人の寿命は無常であって、吐く息は、吸いこむ息を待つ間もないくらいであり、風の吹く前の露のようなもので、いつ散ってしまうかわからないものである。賢い人も、そうでない人も、老人も若い人も、すべていつ死を迎えるか定めのないことである。そこでまず臨終のことをよくわきまえて、その後で他の事を考えるべきである