法華経には、教えを広く理解させるために説かれた譬え話が七つある。古来「法華七喩(ほっけしちゆ)」と呼ばれている。
その中で最初に説かれる有名なお話が、この譬喩品で説かれる「三車火宅の譬え」である。
三車とは羊の引く車と、鹿の引く車と、牛の引く車で、お釈迦様の衆生を導く教えの段階を譬えている。そして火宅とは私たち煩悩多き人間の暮らす社会、広くは世界を譬えている。
前の方便品の教えを聞き、仏教がすべての人々を仏の境界へ導くための一仏乗(いちぶつじょう)の教えであるということを理解したのは、智慧第一(ちえだいいち)の舎利弗尊者(しゃりほつそんじゃ)お一人であった。そこでお釈迦様は舎利弗尊者に未来成仏の予言を与え、もう一度皆の為にわかりやすく譬喩を用いて教えを説くのである。
仏様の教えが等しく全ての人々を仏の境界に導く為のものであるという事を悟った舎利弗尊者は、言うに言われぬ喜びと共に、自分がなぜ今までにそれが理解できなかったのか、という反省をお釈迦様へ告白するのであった。
「仏弟子の声聞(しょうもん)・縁覚(えんがく)の二乗(にじょう)と呼ばれた我々がなぜ、お釈迦様から見離されていたのか。多数の菩薩が仏と成っていく姿を見せられた時『お釈迦様とは魔の仏なのか』と、何度心に叫んだことか。
しかし今、それは自らの心に住む魔の仕業であった」と。
かくして、お釈迦様は舎利弗尊者の成仏への発心(ほっしん)に喜ばれ、華光如来(けこうにょらい)という記別(きべつ・仏になるという予言)を授けた。
その時に、多くの人々もこの上なき喜びを霊鷲山上に顕わした。
ここでお釈迦様はもう一度「三車火宅の譬え」をもって、一仏乗についてわかりやすく舎利弗尊者をはじめ大衆に示されたのである。
あるところに広大なる屋敷があった。まさに廃墟とも言うべき大宅で、たくさんの人々ばかりか、鬼神・悪鬼・無気味な生きとし生けるものすべてが恐ろしい弱肉強食の生活をしていた。
ところが、この屋敷に火事が起こり、無残な様相が一瞬のうちに始まった。この屋敷の出入り口は小さく一つしかない。しかも、家主の子供は、それを知らず、屋敷内で遊びたわむれている。家主である父は子供たちを門外へ出そうとするが、遊びに夢中で言うことを聞かない。ここに父親は子供たちの欲しがっていた羊車(ようしゃ)と鹿車(ろくしゃ)と牛車(ごしゃ)の三種類の車を与えるから、門外へ出てくることを叫んだ。
これによって子供たちは屋敷より出、父は先に言った三つの車ではなく、立派な白い牛の引く大白牛車(だいびゃくごしゃ)を与えたのである。そして親子で喜びを共にするのであった。
日蓮宗修養道場(石川道場)述
三界は安きこと無し、なお火宅の如し。
衆苦充満(しゅうくじゅうまん)して、甚だ怖畏(ふい)すべし。
常に生・老・病・死(しょうろうびょうし)の憂患(うげん)あり。是(かく)の如きらの火、熾燃(しねん)として息(や)まず。
経文に出てくる三界とは、私たちの暮らす世界のことである。この世界が衆生の苦しみや煩悩の炎に包まれた火宅なのである。
先の方便品で説かれたように時代は五濁悪世(ごじょくあくせ)となり、人々はこの世に生まれてきて、歳をとりたくない、病気になりたくない、死にたくないという四つの苦しみ、いわゆる四苦(しく)を誰も避けることが出来ない。
愛別離苦(あいべつりく)という自分の愛する者と別れなければならない苦しみ、また逆に怨憎会苦(おんぞうえく)という嫌いな人と会わねばならない苦しみもある。
さらに求不得苦(ぐふとっく)という求めるものが得られない苦しみ、そして五陰盛苦(ごおんじょうく)という肉体と五感を持つがゆえに避けることが出来ない生きることの苦しみがある。
四苦のみでなくこれらを総称して八苦(はっく)という。私たちは四苦八苦の世界にいながら、苦しみをまぎらわすが如くに目先の楽しみを求めているのである。
火宅を出るとは仏様の教えという乗り物にのって、仏の境界に至り本当の楽しみを得ることなのである。
経文にはまず羊車・鹿車・牛車の三種類の乗り物が出てくる。
それぞれが声聞乗(しょうもんじょう)・縁覚乗(えんがくじょう)・菩薩乗(ぼさつじょう)という三種の教えをあらわす。
これはお釈迦様が衆生を導く為に説かれた教えの段階で、声聞とはお釈迦様の声つまり説法を聞いて修行をする出家の仏弟子たちのことである。
縁覚とは一切のものの因縁を悟り、不動の静かなる境地に達する者たちである。そして菩薩は仏の智慧を求めるのみならず衆生を助け、一切の人々を救うのである。しかしこれらは、真実の教えに導く為の方便であった。
家主である父が子供たちに与えたのは、羊車でも鹿車でも牛車でもなく大白牛車であった。
この大白牛車の教えとは法華経である。牛車である菩薩の教えも一切衆生を救おうという教えである。
しかし法華経の目指ざしたのは、さらに皆が仏に成る教えである。
法華経のことを平等大慧一乗妙法蓮華経(びょうどうだいえ・いちじょう・みょうほうれんげきょう)という。一切衆生を等しく仏の境界に導く正しき蓮華の教えなのである。
今(いま)此(こ)の三界は、皆(みな)是(こ)れ我が有(う)なり。其(そ)の中の衆生は悉く是(こ)れ吾(わ)が子なり。而(しか)も今此の処は諸(もろもろ)の患難(げんなん)多し。唯(ただ)我(われ)一人(いちにん)のみ能(よ)く救護(くご)を為す。
この経文はお釈迦様が私たちにとって如何なる存在であるかという事が説かれている。「我が有なり」とはお釈迦様の領有するところであるという意味で、釈尊の主人としての徳、すなわち主徳を表す。「我が子なり」とは衆生に対する親徳を表す。そして「救護を為す」とは教え導く師の徳をいう。以上の三つの徳を合わせて主師親の三徳と呼ぶ。お釈迦様を主人として仰ぎ、父親として慕い、師匠として従うことこそ本来仏教徒のあるべき姿なのである。
インド・ビハール州、法華経が説かれた霊鷲山
のあるラジギールの多宝山にある日本山妙法寺
の仏舎利塔と釈迦如来像。
汝舎利弗(なんじしゃりほつ)、尚(なお)此の経に於いては、信を以て入(い)ることを得たり。況(いわ)んや餘(よ)の声聞をや。其の餘の声聞も、佛語を信ずるが故に此の経に随順(ずいじゅん)す。己(おの)が智分(ちぶん)に非ず。
仏弟子の中でも智慧第一と称される舎利弗尊者ですら、信によって始めて法華経に入れたのであるから、他の弟子たちも同様である。私たちはお釈迦様を敬い信じることによって始めて法華経の教えに入ることが出来るのである。
以信得入の経文の後、信という心から遠く離れた思いを列挙している。即ち①憍慢(きょうまん・おごりのこと)、②懈怠(けだい・なまけること)、③計我(けいが・我見で都合よく理解する)、④浅識(せんしき・浅い知識で法を解釈する)、⑤著欲(じゃくよく・欲深いこと)、⑥不解(ふげ・道理を弁えないこと)、⑦不信、⑧顰蹙(ひんじゅく・善を喜ばないさま)、⑨疑惑、⑩誹謗(ひぼう・法をそしること)⑪軽善(きょうぜん・軽んじる)、⑫憎善(ぞうぜん・憎む)、⑬嫉善(しつぜん・ねたむ)、⑭恨善(こんぜん・恨み敵対する)。以上を十四誹謗あるいは十四謗法(じゅうしほうぼう)と呼ぶ。
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