1988年1月14日(木) コナーラクからプーリーへ戻る

 コナーラクは最後の朝をゆっくり過ごし正午にチェックアウト。荷物を担いで博物館、といっても小さいがのぞいてみる。小さい割にキチット並べ管理している感じ。外へ出てサモサやイモ天を食べ、プーリー行きのバスを待つ。予想に反して大きなバスが丁度やって来て席をとる。後からはみ出すほど人が乗り込んでくるが…。

 

 今回は窓から海や川を眺めながらプーリーまで。バス・スタンドに着いたのは15:00頃。夜の9:40発の列車までかなり時間があるので、サイクル・リクシャーに乗り7ルピーで海辺のレストラン、マハラジャまで行く。そこでミルクコーヒーとバナナ・パンケーキを食べ、荷物を置かせてもらって砂浜へ。太陽が傾きかけてくる。しばらくするとインド人のサトスが砂浜を歩いてやって来て一緒に夕陽を見ながら過ごす。

 

マハラジャのランプ
マハラジャのランプ

 彼はマハラジャの若者が嫌いなそうである。そう言われれば何時も「ナニカ ウルモノナイ」という熱にうなされている。サトスとチャーイを飲んで夜9時に駅まで送ってくれるということで場所を決め、マハラジャに入り夕食をとる。

 

 店の若者がコットンに描いたクリシュナと女たちの絵を出し、何かと交換しようという。透明の机カバーの下に敷くのによいと思い日本製ワイヤーロックと交換。もう駅で寝る事もないし、荷物のロックの必要もないだろう。マハラジャ・レストランも少し画いてというので、机の上にあるランプをスケッチしたりして過ごす。