午前中は洗濯をしたりしてゆっくり過ごす。チャーイ少年の誘いにコーヒーを飲む。スペシャルコーヒーというが少し量が多い感じで25パイサ高い。チップを1ルピー加えて2ルピー50パイサ。外で飲めば3杯飲める。やはり少々割高だ。
午前10時、ショルダーバックをぶら下げ何時もの恰好でホテルを出る。セントラル・ステーションとは反対側のエグモール駅の方へしばらく歩き、教会を過ぎたあたりで南へ。線路を渡って駅前の宿の並ぶ通りに出る。そこを抜けると大通りに出て、まず博物館へいってみる。広い庭と赤レンガの建物。50パイサを払って中へ入る。まだ人は少なくヒンズーの神や仏陀の遺跡から出た彫刻が並ぶ。ずっと奥へ進むと化石や動物のはく製、有史前の遺跡からの出土品や地球の歴史などかなりの分野にわたって展示されてある。
中をぐるりと見て回り外の店で70パイサのコーヒーを飲み、通りへ出たところで銀行を見つける。ルピーも残り少なくなったので100ドルのトラベラーズチェックを両替。急に裕福になったような気分になる。
その後博物館の隣の国立美術館へ行く。新しい建物の方はインドの現代画家の作品の展示で、様々の手法や画風の絵が並ぶ。2階のロビーではレクチャーが行われており、熱心に人々がノートをとっている。なかなかアカデミックな雰囲気である。隣のインド・サラセン様式の建物の中は宮廷画や細密画などの展示がされている。係員から3度ほど“give me Japanese coin”と言われる。そんなにコインを集める趣味があるのであろうか。
美術館を出てチャイニーズ・レストランで昼食をとり、海岸まで歩いてゆく。ビーチは出店がたくさんあり、たくさんのインド人が浜でくつろいでいる。日本人ツーリストがガイドブックを見ているのを見つけ、隣に座ってしばらく話をする。逆回りでこれから南へ下りボンベイの方へ向かうらしい。
彼はインドにきてバクシーシェ(物乞い)には一度も与えたことがないという。サドゥー(苦行者)に一度だけいくらか渡しただけ。そんな話をする間、弱々しい顔をした大きな目の男の子が「パイサー パイサー」とずっと僕らの脇で言っている。まあ、僕もあげないことの方がほとんどになってしまうのだから大差は無いと言える。基本的姿勢は避けているし、自分から寄って行ってあげたことなど一度もない。
彼と別れてから、海岸沿いの通りに出てバスを拾おうとするが、なかなか駅の方へ行くのが分からない。なんとか2Aというのに乗りセントラル駅まで戻りホテルへ帰る。部屋は停電で少し暗いので横になって休む。夜の7時頃起きると、ホテルの少年2人が部屋へ入って来て事件が起こる。
〈登場人物〉
少年A -この部屋の係り、別称チャーイ少年
少年B -少年Aより少し年上、このホテルのボーイ
チェアマン-階段脇の椅子に終日座っている管理人
私 -日本人ツーリスト
その日の夕方、いつものように2人の少年が私の部屋に入って来て、私の持ち物をいじくりながら2人がヒンズー語でまくしたてる。手振りを加えながら私に真似をしろという。
少年B「アイエー アイエー アプコキャー カヒエー」「ゾラ ゾラ」
私 「アイエー アイエー アプコキャー カヒエー」
ケラケラ笑いながら喜ぶ。そのうち、チャーイ少年が私の愛用のグリーンのボールペンでメモに落書きをはじめ、それを持ったまま部屋を出る。あまり気にせず、シャワーを浴び少し時間がたつが一向に返しに来ない。
まったく…と思いつつ食事をしようと部屋を出ると2人が階段の脇に座っている。
私 「ボールペンはどこ 返しな」
少年B「こいつだよ 持っているのは」
私 「お前か」
私が少年に手を出すと素直にボールペンを出す。少々意外であった。
それが私の気持ちを変えた。今まで「これはだめだ」と断って来たボールペンだったが急に惜しくなくなった。2人いるので、それともう一本3色インクのボールペンを年上の少年に渡し2人で分けるように言って食事に行く。少し気になったが、いつも2人で仲も良さそういなので問題はなかろうと思ったのが甘かった。
食事から戻ってくるとチャーイ少年がふてくされた顔でやって来る。
少年A「僕のボールペンがない」
私 「なんで」
少年A「 … 」
私 「2人に2本あげただろうが」
チャーイ少年はヒンズー語でブツブツ言いながら、椅子にそういえばずっと座っていたじいさんを指さす。
少年A「あいつが持っているんだよ」
チャーイ少年が訴えると男はポケットから3色ボールペンを出す。
私 「なんで あんたが持っているんだ」
チェアマン「わしゃ ボールペンがいるんだ ここでノートにつけている あんた 他に持ってないかね」
私 「僕は2人にあげたんだよ あんたじゃない」
それを彼から取り返し、チャーイ少年に渡そうと振り返ると彼はいない。部屋に戻るとチャーイ少年がやって来て私を呼ぶ。
私 「これはおまえのだ」
少年A「いらないよ」
私 「なんで」
少年A「あのグリーンのボールペンがいい メカニカルだ」
私 「バカ言え これは3色だぞ」
納得しない。先に持って行かれたのがどうやら好いらしい。
少年A「あいつ呼んでくるから取り返してよ」
まったく困ったものだ…
私 「もし取り返しても それをおまえにあげることはできないよ」
少年A「 … 」
私 「何もあげるものはなくなる 一番いいのは このペンをお前が受け取ることだ」
だまって答えない
少年A「あの方が カッコイイよ」
とボソッと言う。
私 「取り返すことはできてもそれをお前にやることはできないよ…同じことだからね ちょっと書いてみな 赤と青と黒が出るんだぞ 値段だってあの倍以上さ」
少年A「いくら?」
私 「25ルピーだ」
少年A「あいつの持っているのは?」
私 「ほんの10ルピーで じきにインクがなくなる」
しぶしぶではあるが納得し、メモを1枚あげるとカチャカチャやって書いている。
私 「おい 日本のコインをあげるよ これは彼には内緒だ」
少年A「いくらなの」
私 「50ルピーくらいだな まあインドじゃ使えないけど コレクションだ」
珍しそうに500円玉を見てポケットに入れてみたりする。
少年A「でもいらないよ パイサをくれよ 3ルピーでいい」
私 「だめだ」
少年A「食べ物を買いたいんだ 2ルピーでいい」
私 「おまえはここで働いているんだろ?」
少年A「しれてるよ 1日2ルピーさ」
私 「でもおまえは自分でかせげる… お金はだめだよ」
彼にとっては使えない500円玉なんかより2ルピーの方がいいには当然だなと教えら
れる。
私 「インドではたくさんの子供が言うよ パイサー パイサーてな でもお前は違うはずだ 見ろ立派な体格してるじゃないか」
だまって聞いている。
私 「お金はだめだよ」
少年は腰かけていたベットから立ち静かに部屋をでる。ボールペンを見てポケットにおさめながら…。
完
今夜のうちに荷物をまとめておこう。明朝8:10発の列車でブバネシュワールへ向かう。どうもここ当分調子の良かったお腹が、またぶっ壊れた様子である。