籠(かご)の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるがごとし、
空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出(い)でんとするがごとし。
口に妙法をよび奉れば我身(わがみ)の仏性もよばれて必ず顕われ給う。
梵王(ぼんのう)・帝釈(たいしゃく)の仏性もよばれて我等を守り給う。
仏菩薩の仏性はよばれて悦び給う。…
仏になる道には、我慢(がまん)・偏執(へんしゅう)の心なく
南無妙法蓮華経と唱え奉るべきものなり。
(1 56歳 2 建治3年 3 身延 4 1433頁)
Buddhata ̄,Buddhatva如来蔵、覚性などとも訳される。仏果を成就するための因性・可能性をいう。小乗仏教では声聞・縁覚の成仏を認めず、仏性を語らないが、大乗仏教になると次第に成仏の範囲が拡大され、原則として一切衆生の成仏を認めるようになる。その代表例が『大般涅槃経』で、一切衆生悉有仏性を説き、仏性常住を主張する。
梵王、大梵天王とも称す。インド思想での最高神、宇宙の創造者。万有の根源たるブラフマン(Brahman)が神格化されたもの。仏教ではこの神を色界初禅天の主とし、娑婆世界を統領するものとして尊び、帝釈天王と並んで護法の善神の最高に位置づける。釈尊が菩提樹下で悟りを開いた時、娑婆世界の衆生に説法を要請したのがこの梵天王とされている。
インド最古の聖典である『リグ・ヴェーダ』の中で最も重要な神で、リグ・ヴェーダ賛歌全体の約四分の一が、インドラに捧げられている。梵名をシャクロー・デーヴァーナーム・インドラハ(Sakro deva ̄na ̄m indrah)といい、意味は「神々の支配者であるシャクラ」つまり「神々の帝王」の意である。
仏教では釈提桓因、あるいは帝釈天と呼ばれて梵天と共に護法の善神とされている。帝釈天は須弥山の頂上の喜見城に住んでいて、漁利天に住む神々の統率者である。しかも正法を護持し、仏の教えを聞いて、柔和にして慈悲に富み、真実を語り、正法に従う正しい神である。